「変」と言ってくる奴らとなぜおれは普通じゃなくなってしまったのか

自分のコミュニティを離れた人と会って話すと

 

変わってるとかすぐ言われます

 

逆に僕は人のこと変わってるなとかは思うことがないです

 

例えばですがまだ仲良くなる前の人と会って喋ってる時に

 

相手が急に泣き出したら、脈略なくてもあ、なんかが記憶に触れたんかなとか、最近なんかあったんかなとか思うだけで

 

変とか、引いたりとかしないですが

 

普通の人って

 

そういうイレギュラーな動きをしたらすぐ引きますよね笑

それか変というレッテルを速攻貼る

 

で、なんでおれはそうならないかって考えると

 

僕の予想は物語に触れた数が違いすぎるからだと思います。

 

フィクションの物語と、実際に存在する色んな人のドキュメンタリーを見たり、聞いたり、読んだりしてきたから

あと自分自身の体験の数

 

それによって、そもそも自分が知ってる人間の在り方の幅が違ってるから

こういう違いが生まれてるんだなって思います

 

なので変わったことをした時にすぐに変とか言ってくる人とは

 

やはり深く関わる必要ないなって今ちゃんと認識できました

 

あ~全然大した体験したことなくて、本読んだり、映画見たりしてないんだなって

 

一瞬で見抜けるワードが「変、変わってる」ですね

 

でもその狭い人間感で潰れることなく、生き抜けて来れてるんだからすごい幸運の星の下に生まれた強者ですよね

マッチングアプリから学ぶ継続するためのメンタル

アプリで可愛い人とマッチしたら

 

うはっちゃうんですけど

 

その分だけ

 

いつの日かの下がる気分も同時に用意されるってことですね

 

波は下に起こせばその後上に来るし

 

絶対後で反対側にやってきます

 

その度にメンタルがやられちゃうのでブレイクが必要になります

 

なので波を上にも下にもなくして、休息が不必要なマラソン状態に持っていったほうがいいですよね

 

これ恋愛で1番顕著ですが、制作とか仕事とか貯金とか株とかなんでも使えるなーって思いましたわ

宇多田ヒカルの何色でもない花について

この曲聴いたときに普通やなって思ったんですけど

 

その後、聴くのを辞めれなくなってるんですよね

 

この曲すげーいいとかはそれでも思ってないんですけど

 

普通やけど、そんな素朴な曲を出せるってのがまずすごいことではあると思う

 

今は音楽が飽和してる時代なので、音楽に聴き疲れるって状態によくなると思います

 

そういう時に音楽を聴かないっていう選択肢と

 

溢れてる音楽から距離を取った音楽を聴くという選択肢があって

 

この曲はこっちにハマってると思うんですけど

 

それプラス、こういう素朴な音楽も宇多田ヒカルやからこそという、

 

この素朴さに宇多田ヒカルやからこその深い素朴さなんやって、

 

音自体だけでなくそこにプラスしてその価値をできるだけ良く捉えようということがもうどうしても起こってしまう

 

音自体が良いのかどうかを判断するのが難しくて

 

ブランド力をそこから引き剥がして考えるのが難しいなって思いました

 

これを若手の無名アーティストが歌ってたらどう思ってたんやろなって

 

けどなんかやっぱ曲自体に宇多田ヒカルのオーラが漂ってて、それに包まれるのがこの曲の良さな気がする

 

それは音自体の持つ力より宇多田ヒカルの持つ力な気がする

 

とにかくありがとう宇多田ヒカル

 

どうしようもなく辛い時の対処、考え方

ぼくの経験上

 

自分の存在を保つことがもう難しいんじゃないかってくらい

 

これから先 生きていける気がしないって時が来たら

 

それがなんとか落ち着いた時、自分は1次元上に上がってます

 

死の淵に堕ちるたび

 

自分のどうしても壊せなかったものが壊せます

壊れるという方が正しいか

 

自分にできなかったことができるようになってます

 

つまりどうしようもなくつらい状況っていうのは自分では故意に絶対作れないすごい構造物なので

 

実はありがたい存在です

 

それを受けれるってけっこう逆宝くじの当選みたいなもので

 

一回下がってすぐ上がるというすごい宝くじなんですよね

 

ファイティン!

人生は勝ちしかない、破綻したゲーム

行動する

 

成功する 

 

成功は自分を幸せにする

 

行動する

 

失敗する

 

失敗や苦難は自分を強くする

 

何してもどうなってもどう転がっても自分のためになっとるやん

 

自分のためにならないことがないやん

 

もうどうあがいても自分のためになっちゃうやん

 

おかしいやん

 

勝確ゲームなんやん 存在してる時点で

 

生まれた時点で

 

実におもしろい

 

カフェってなんでコーヒーを扱ってるの

今人生3度目のスタバにいるんですが、

 

目的は読書なのでいっちゃんやすいコーヒーを頼む

 

で、思った

 

なんでおれコーヒー飲むんやろ

 

コーヒー飲みたくないし

 

てかなんでそもそもカフェってコーヒー飲むところみたいになってんねやろ

 

昔は、もともとはそういう食後に行くところみたいなシステムやったんやろけど

 

今は全然関係ないよね

 

水でもお茶でも牛乳でもいいのに

 

なんかカフェ=コーヒーになってて

 

自分が社会に取り込まれてる

 

思考停止してたことに気づく

 

最近伊右衛門カフェ行ったけど、ちゃんとした急須のお茶があってマジでいいよ

 

 

2つの道で悩んだ時の答えは簡単さ

本当にやりたいけど、リスクある

リスク低いけどやりたい度は落ちる

 

だいたいこういう2つで悩むと思います

 

どっちも絶対に失敗するとしましょう

 

なら本当にやりたいことで失敗したほうが良くないですか?

 

どっちも絶対に成功するとしたら、

 

本当にやりたいことで成功したほうがいいですよね

 

なので答えはビビるほど簡単です

 

あと、本当にやりたいわけではないということもそれ自体が実はリスクなんですよね

 

自分の意欲が低くなるんで、どっちにしろ踏ん張りどころはあるわけだし、そこで踏ん張り力効くか?って

 

絶対に落ちるでしょ

 

そして常に本当にやりたいことのほうが脳にちらつく

 

また、本当にやりたい方を取っていくことで失敗は重ねると思いますが、いつか、何回かに一回は本当に欲しいものを手に入れられる

 

か、そこに近づいていくと思いますが

 

そうでない方を選び続けてると成功からも失敗からも学びの質が悪いし

 

全部成功したとして得られるのは偽物の自分です

 

なので意味不明な、全く興味もない、知らない、なんでここに来たんだろうって場所に辿り着くだけですよ

 

怖すぎだろ

 

よいしょ